医療機関と連携をおこなう開業鍼灸師

不妊治療という新たな挑戦で、
鍼灸医療の未来につなげていきたい。

鈴木裕明先生

鈴木 裕明 先生
明生鍼灸院(愛知県名古屋市)院長
1983年(昭和58年)卒業
本学を卒業して30年。鍼灸ひと筋の私ですが、最初は痛みを取り除くための鍼灸治療に力を注いでいました。15年前、産婦人科医から「なかなか妊娠に至らない患者さんに、鍼灸で効果を高めてほしい」との要請を受けたことが、不妊治療の分野に取り組むきっかけとなりました。
その後、鍼灸治療で子宮血流が改善することや、子宮内膜の状態が改善することを研究により明らかにしてきました。そして当院では専門病院と連携しながら、平成22年現在までに約900人の患者さんが妊娠に至っておられます。このようにエビデンスをしっかり表すことで、医師との連携を図ることができますし、鍼灸治療が西洋医学を補完・代替するものとして貢献ができると信じてやみません。
近年、鍼灸を学べる学校は数多くありますが、明治国際医療大学はキャンパス内で多くの臨床実習ができたり、大学院でさらなる研究が可能とレベルは本当に高い。とても恵まれた環境ですから、安心して勉学に勤しんでください。高い志をもって臨めば、必ず応えてくれる大学です。


鍼灸と異業種をコラボレートする、
新しい「ことづくり」への挑戦はつづく。

中根一先生

中根 一 先生
鍼灸Meridian烏丸(京都市)院長
1998年(平成10年)卒業
鍼灸とは、治療をしながら健康増進を図ることができる唯一の医術であり、これを『治未病(未病を治す)』と古人は呼んだのです。その治未病を実践するために、健康な人のための鍼灸(ウェルネスとしての鍼灸)を確立するための「ことづくり」が私の目下の課題です。
私は今、京都市内でケア鍼灸を主とする鍼灸院を経営する傍ら、心と身体の健康、そして患者さんの目指すライフスタイルの実現を応援するため、製薬会社との共同事業(リラクゼーションを目的とした鍼療施設)に着手するなど、新しいチャレンジにも踏み出しています。鍼灸の特長である「医療であり、癒しでもある」という玉虫色なポジションが、ここにきて脚光を浴び始めている。そのチャンスを機に、さまざまな業種と繋がることができる柔軟性をもった鍼灸という仕事に就いていることを、心から楽しんでいます。
辞書で「一流」という言葉を調べると、①トップレベル②一つの流派③自分流、と説明されています。鍼灸業界には①と②を金科玉条とする風潮がありますが、本学を目指すみなさんには、自分の個性や感性に磨きをかけて、③の一流を目指してほしいと思います。過去の成功事例や誰かの真似をするだけではなく、自分が想い描く鍼療の世界観をぜひ実現してください。本学の充実した学びは、必ずや明日への糧となるはずです。


医療と連携し優れた治療を行う、医療機関で活躍する鍼灸師

西洋医学の現場においての鍼灸師の役割は、
人間本来の力を引き出す癒しの治療です。

井出文枝先生

井出 文枝 先生
佐久総合病院 東洋医学研究所
(長野県佐久市) 勤務
2009年(平成21年)卒業
幼い頃から「先生」と呼ばれる仕事にはずっと憧れがありましたが、自分が鍼灸の道でそう呼ばれる立場になるとは思ってもみませんでした。具体的に進路を決定づけたのは、高3の時に参加した進学説明会(東京)で本学鍼灸学部の先生(篠原昭二教授)の講義を聴講したことです。鍼灸は自然治癒力を活かす副作用のない治療であり、しかも科学的根拠に基づくものと知り「私の夢が凝縮されている!」と感動を覚え、本気で学びたいと進学を決意しました。あの時、聴講していなかったら今の私はいない、と言い切れるくらい影響を受けましたね。
学んでいて実感したのは、授業が臨床現場に直結していること。隣接する附属病院で治療に従事する先生から実践的な知識を享受してもらえたことが、今の私の宝となっています。現在、私は地元である佐久総合病院内にある東洋医学研究所で鍼灸師として勤務しています。
高度先進医療を担う医療現場において、ドクターやコ・メディカルとの連携をとりながら行う鍼灸師の役割は「人間本来の力を引き出す癒しの治療」だと思うので、人が人を診るという基本姿勢をつねに忘れず、これからも笑顔で取り組んでいきたいと思います。


鍼灸と理学療法の特色を活かして、
最善の治療法を見出しています。

太田紋平先生

太田 紋平 先生
井野病院 しおさき鍼灸施術所
(兵庫県姫路市) 勤務
2007年(平成19年)卒業
大学院博士前期(修士)課程
臨床コース(総合臨床鍼灸学)
2009年(平成21年)修了
私は現在、総合病院系列の治療施設で鍼灸師として勤務しています。ここは、リハビリテーション科が隣接している環境もあり、理学療法士の先生方と患者さんを一緒に診させてもらう機会が多々あるため、双方の特色を活かした治療を進めています。
はじめは、お互いの特色を理解し知識を共有することに戸惑いもありましたが、少しでも患者さんの力になれるようにと、治療見学やディスカッションを頻繁に行うことで、最善の治療方法を見出しています。
ふり返れば、本学の附属病院での臨床実習や、大学院臨床コースでの各科ローテーションなど実際の医療現場を経験できた6年間は、とても有意義なものであり、そこで学び得たことは今に活かされています。ご指導いただいた先生方や先輩、ともに勉強してきた仲間との出逢いは、私にとって「宝」です。今でも気軽に相談し合えるネットワークがあることは、心の支えでもあります。みなさんは今、自分が思い描いている鍼灸師、その理想に近づくためには何をする必要があるのかをつねに頭の片隅に置き、1日1日を大切にすることが大事ではないかと思います。
医療の道は、卒業しても日々勉強!私も、これからも多くのことを吸収していこうと思います。


新しい社会ニーズとして、健康・スポーツ界で活躍する鍼灸師

多くのアスリートを支えるために、
プロとしての技術は高く、いつも熱い情熱で!

下屋勝比古先生

下屋 勝比古 先生
下屋鍼灸整骨院(岐阜県高山市) 院長
財)日本体育協会公認
アスレチックトレーナー
JOC専任医科学スタッフ
(日本代表[ボート]北京オリンピック帯同)
1987年(昭和62年)卒業
私は今、地元・高山市で鍼灸接骨院を開業する傍ら、プロ・アマ問わず多くのアスリートたちのトータルコンディショニング・サポートをスポーツドクターと連携しながら日々精力的にこなしています。私自身、学生時代は柔道をしており、アスリートの気持ちを汲める立場にありますから、選手とのコミュニケーションを最も大切にしています。この仕事で一番嬉しいことは、選手から「先生!試合、勝ったよ!」と報告を受ける時。ただ施術をするだけじゃない、共に試合に熱く臨む、その気持ちはいつまでも忘れずにいたいです。
また、かつて総合病院勤務で経験した医師・医療職との連携の体験談を、母校である本学で講演を行うこともあり、先輩として、皆さんが抱く将来の道がどのようなものかを伝授していくことも大切な役割だと思っています。
みなさんも「私の夢はこれだ!」と自分自身の芯となる考えを一つ強く持ち、前向きに進んでください。この大学には、医療を志す者へ最高の環境が整っていますし、全力でサポートしてくれる素晴らしい先生方がいる。高い志をもって、夢をつかんでください。

寄せ書き

地元ハンドボール・チームの高校生から贈られた、感謝の思いをつづった寄せ書き。
熱血・下屋先生を慕うアスリートは多い。



向上心を絶やさず、より多くの人に
鍼灸の良さを広めていきたい。

足立沙瑛子先生

足立 沙瑛子 先生
ハイアット リージェンシー 京都
RIRAKU スパ アンド フィットネス
(京都市)勤務 鍼灸師
2004年(平成16年)卒業
(卒業後2年間の卒後研修生として在籍)
幼い頃から喘息を患っていた私は、ステロイド治療の副作用でつらい思いをすることがありました。そんな時、両親が背中をさすってくれると不思議と楽になった体験から「喘息に効くツボってどこだろう」と漠然と東洋医学に興味を持つように。
高校時代には専門書などで自分なりに勉強をしていたのですが、日本で唯一4年制大学で鍼灸を教育する大学(当時)があることを知り、さらに附属病院が併設していることも魅力となり進学を決めました。
実際に入学してわかったことは、東洋医学と西洋医学の両面から知識を得る中で、それぞれ得意、不得意とする領域があるのだということ。だからこそ、両医学の利点を最大限に活かせる統合医療の魅力を知りました。
大学卒業後、附属病院で2年間の研修制度を経て、横浜で整形外科やエステサロン、鍼灸院等さまざまな仕事を経験し実績を積みました。その経験を活かすべく、現在、私は地元である京都で心身の内側からケアして健康美を追求するRIRAKU スパ アンド フィットネス(ハイアット リージェンシー 京都)で鍼灸師として充実した毎日を過ごしています。海外のお客様も多いので語学力を活かしながら、向上心を絶やさず、海をこえてより多くの人に鍼灸の良さを広めていきたいです。


地域保健医療の担い手として独立開業し、活躍する柔道整復師

医療全体の一員であること。
この誇りをもって地域の期待に応えます。

山本淳先生

山本 淳 先生
山本鍼灸接骨院(京都府城陽市)院長
2005年(平成17年)卒業
私は、地域密着型医療人の道を選びました。現在、鍼灸接骨院を独立開業しており、さまざまな年齢層の患者さんの健康回復に尽力する日々です。
現代社会に生きる私たちは多くのストレスにさらされ、疾病の種類もさまざま。来院される患者さんも、いろいろな身体の悩みを持って来られます。いつも問診の際に心がけていることは「柔道整復師は医療全体の一員であり、その役割をしっかりと認識し、つねに医師等との連携を保つこと。違う視点から患者さんを診ることで治療の幅が広がる」。これは私が在学中、附属病院での臨床実習の時に先生から学んだことで、この言葉が今の自分の仕事のベースになっています。地域密着型の医療人だからこそ、患者さんに一番良い治療法を判断してあげることで、信頼関係を築いていけたらと思います。
また、近年活躍の守備範囲が広がりつつある、スポーツ分野においても、東西両医学の補完と融合の考えに基づいて、医師等と連携を図っていくことが、これから最も重要になると考えています。
今後は、私自身が行っている少林寺拳法の道場やスポーツ現場での救護のスキルを磨くために、JATAC(ジャパン・アスレチック・トレーナーズ協会)会員・ゼミ生での勉強会などに積極的に参加し、大会などのトレーナー活動にも力を注ぎたいと思います。
本学で学んだことは、すべて将来に活きてくることばかり。国家資格取得に対するカリキュラムは大変ですが、柔道整復の専門領域をしっかり学んで資格を取得し、患者さんや選手たちから厚い信頼を得られる柔道整復師(医療の一員)を目指して頑張ってください。


スポーツ医療を教員として若い未来へつなげる柔道整復師

柔道整復の本質や楽しさを、
未来の後輩たちに伝えていきたい。

森加奈子先生

森 加奈子 先生
K’ntetsu フットサルクラブ専属トレ一ナ一
明治東洋医学院専門学校柔整学科
(大阪府吹田市)教員
2006年(平成18年)卒業
私が、本学に進学した理由は、スポーツトレーナーになりたいという夢をかなえるためでした。スキーの救護実習や日吉ダムマラソンのケアスタッフとしての参加、経験豊富な講師によるテーピング実習、当時は野球のマスターズリーグのトレーナーズルームの見学ができた上、柔道整復学としての本質や楽しさを教えていただきました。その時、「指導という立場」に強く魅力を感じた私は「柔道整復の学びをもっと多くの人に伝えたい、スポーツトレーナーを軸とした教員になろう」と一念発起。現在、その夢をかなえた私は、本学姉妹校である明治東洋医学院専門学校において、スポーツトレーナーについて教鞭を執る一方、K’ntetsuフットサルクラブの専属トレーナーとして活動しています。
私自身、柔道整復師としてスポーツ選手のケアに携わることがありますので、学生に講義をする際は教科書中心に留まらず、現場での活動体験を話すと、目を輝かせて聞いてくれていますね。学生にとって、少しでもプラスとなって柔道整復師に対しての夢や希望がさらに膨らんでくれればいいなと思っています。
これから柔道整復師を目指そうと思われる皆さんは、スポーツ障害をケアしたい・地域密着型の先生になりたい・骨折や脱臼のスペシャリストになりたいなど、具体的な理想が出てくると思います。その理想が見えてきた時、早めに自分の興味のある分野の学びを深め、自分の色を見つけて下さい。この大学には、業界の各分野で活躍されていて経験・知識が豊富な教員の先生がたくさんおられるので、その環境を生かして多くのことを学んでもらいたいと思います。