京都新聞 口丹随想(10)
小林和子(掲載日 1998.5.3.) 
見出し: たまには、ひと休み

若葉の緑が目に染みる季節になりました。自然界でも人間社会でも生命の息吹を感じさせる時期ですが、気分が不安定になりやすい時期でもあります。

毎日の仕事の道筋をいかに効率よく運転していくか、日々の生活の流れをいかに上手に泳ぎきるか、夢中でこなしているうちに、知らず知らず心に疲れがたまってくることがあります。私の場合、そういう時の自覚症状としては、自分はこんなにやっているのに、がんばっているのに、誰も何もわかっていないと思い始めることです。こんな症状がでたら、とにかくひとまず止まって心を休ませることが必要です。しかし、厄介なのは、表に出る行動が一生懸命がんばっている姿なので、たとえ疲れのために不機嫌になったり攻撃的になったりしていても、気付きにくいのです。その上、「少し休んだら」と周りの人間が声がけしても「私がやらなきゃ誰がやるの、仕事がたまるだけじゃない」という返事が戻ってくるのが落ちなので、言いにくいこともあるでしょう。

誰にでも経験があると思いますが、人間以外に目をむけると心が和みます。たとえば、家で飼っている生き物です。わが家の猫をみていると、こちらが相手をしようと追いかけると逃げていくくせに、放っておくとすり寄ってきます。本を読んだり、書き物をしていると、わざと机の上に乗ってじゃまをしたりもします。でも、猫が相手だと不思議と怒る気にはなりません。自分と他者との距離の取り方を教えられます。テレビの上がうちの猫の定席ですが、たまに熟睡して足を滑らせて落ちることがあります。そんな時は何事もなかったかのように、わざと背伸びをしたりして知らぬふりをしています。こちらがじっと見ていたり、「猫もテレビから落ちる」等とはやしたりすると、いかにも気を悪くしたようすで、片目をつぶってしかめ面をします。失態を見られていては猫もきまりが悪いのでしょう。

きまりが悪いといえば、定期的に通っている歯医者さんの治療用電動式寝イス(うちでは「歯医者さんイス」と呼んでいます)が、余りに心地よくリラックスできるため、程良い音量で流される音楽と相まってぐっすり眠ってしまい、歯医者さんから「口を開けて下さい」と二、三度言われてハッと目を覚ますことが度々あることです。歯医者さんは私が眠っていることに気付いているはずですが、何も指摘せず、ただ丁寧に正確に治療をしてくれます。それがたいそう居心地よく心がほぐされるような気がして、リフレッシュして帰れます。

実際、危ない目に会いそうだったら、いつも周囲に気を配って緊張していなければなりません。眠るどころではありません。周囲が信頼できる環境だから安心しているわけです。とすると、まさか学生が講義中に眠るのは、安心し信頼してくれているからでしょうか。

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