京都新聞 口丹随想(13)
小林和子(掲載日 1998.10.25.)
見出し:食料を確保するには?
新米がおいしい季節になりました。今、私たちは世界中の様々な料理を味わう事ができますが、秋に収穫される新米のご飯のおいしさは、お米が日本の主食だということを実感させてくれます。また、梨、栗、柿、蜜柑など果物の季節ですし、自然に食べ物に関心が向きます。
若いころは、おいしいものが食べたいとは思いましたが、たとえ食べ物が少々おいしくなくても栄養のバランスがとれていればかまわないし、食事が不規則でもさほど影響ないと思っていました。また、どのお店の料理がおいしいかというようなことに気が向いていました。確かに、自分一人のことならそれで問題はないのですが、子供たちがいると、食べ物の確保は大きな問題です。子供たちが小さい頃は、おなかが空くと途端に不機嫌になるし、一気に元気がなくなるので(大人でもそういう人はいますが)、常に食料のことを考えていたように思います。
生きていくには、食べ物が不可欠です。食料をどうやって確保するかは、生き物にとって最も大切なことです。自分で食べるものを自分で作る限り生きていけますから、自給自足が基本かもしれません。最近は、仕事を定年になった後に、勉強して農業を始める人が増えているそうです。私もそういう暮らしをしてみたいと思うのですが、実際にやるとなると、腰痛を抱えている私にできるのだろうかという不安がわいてきて、そこで思考が止まるのでした。しかし、本当はそういう体力の問題ではないことに思い至りました。
以前に、気持ちにゆとりを持とうと、普通の植物を育ててみた事がありました。でも、水やりや肥料、枯れた葉を取り除いたりする手入れとか、毎日やらなければいけないと思って却って気になって気が休まりませんでした。切り花も、水切りをしてまめに水を換えないと腐ってしまうし、落ち着きません。気持ちにゆとりを持とうとして花を置くのに、逆に気になって落ち着かないとは困ったものだと思って、そういう心配のないサボテンを部屋に置いたことがありました。でも、萎んで大きさが半分くらいになってしまいました。サボテンも霧吹きで水分を与えるくらいの世話は要るのだと後になって知りました。しかし、問題は更にもっと根本的なものでした。
なかなか芽が出てこないので、心配になって種を蒔いた土の部分を掘って、せっかく出ていた根を傷めたり、何本か塊って芽が出ているので隙間をあけて植え替えようとして、まだ柔らかい茎を折ってしまったりしたことを思い出しました。緑の魔法の手を持った人がいるそうですが、そういう人の手にかかると全ての植物はいつもみずみずしく保たれて、花や実が豊かに実るそうです。私が生きていくためには、そういう才能のある人にお願いして、植物を育て農作物を作ってもらって食料を確保するしかないとあらためて気づいたこの頃です。
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