京都新聞 口丹随想(21)
小林和子(掲載日 2000.3.5.) 
見出し:評価の悩み

今年は暖冬と思っていましたが、二月後半になって雪の降る日が多く、寒い日が続きました。四百年に一度の暦の調節のために閏年になりましたが、いつもなら一日得をした気分になるのに、今年は一日でも二月が長いと春が遠のくような気がしました。

年度末でいろいろ評価をしなければならないことが多いのですが、悩みの種です。就職試験のように、面接では人物評価の難しさはなおさらでしょう。マークシート方式で機械的に採点できるのなら迷いはありませんが、人に対する評価は、公平な判断をしているか、先入観を持たず客観的に評価しているかと、考えれば考えるほど悩みが深まることもあるだろうと思います。

良い判断というのはどういうことなのでしょうか。心身の状態が最高レベルにある時の直感は、論理を積み重ねて冷静に判断した時の結論とほとんど違わないか、むしろ優れていることも多いと思います。しかし、いつも心身がベストに保たれているわけではありません。健康でない時の感性は偏っていますし、もともと感情は好き嫌いの領域ですから、その判断は独断と偏見に満ちていることも多く、自分が正しいと思いこむ危険があります。そんな時、論理的思考というのは、与えられた条件に従って手順さえ踏めばいつでもほぼ同じ結論を導いてくれるので、誤りが少なくてすみます。直感や感性は、新たなものを作り出すのに不可欠ですが、間違った判断を下す危険も大きいわけです。論理的思考は危険をできるだけ小さくして安全に生きることを可能にするので、危機管理には向いていますが、ワクワク、ドキドキといったおもしろさはありません。ふたつのバランスをとることが必要です。

良い判断ができる人を育てることが教育の役割です。英語では教育(education)は「引き出す」という意味からでたことばだそうです。私自身について考えてみると、成長はほとんど認められないけれども、これまで気づかなかった自分を発見することはあります。もしかしたら、成長というのはもともとその人が持っているものが引き出されているだけなのかもしれません。でも、限られた条件で成長が認められないからといって、変化するための要素(才能)を持ちあわせていないとは断定できないのです。化学反応では、自分自身は変化しないけれど反応を手助けする触媒というものがあります。たとえば生体で大切な働きをしている酵素は、生体触媒と呼ばれています。高温高圧の激しい条件でないと反応がおこらないものでも、触媒を上手に選ぶと穏やかな条件で反応が進みます。人間社会でも似ているのではないでしょうか。環境を触媒だと考えると、環境を上手に選べば人間も変化する可能性はあります。上手な触媒を選ぶことがいちばん大切なことなのでしょう。

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