京都新聞 口丹随想(22)
小林和子(掲載日 2000.5.3.)
見出し:ほんとうの顔
顔は時代とともに変化していくようですが、最近の好まれる顔は少し女性らしい顔であるという研究が発表されて注目をあびました。自分の顔に責任を持てといわれるように、顔というのは人物の中身を最もよく表している部分なのでしょうか。
先日、日ごろのストレスを発散しようと四年生の学生たちといっしょに食事をする機会がありました。若い人たちは、よく食べ、よく飲み、よくしゃべります。私は最近平均年齢が高いグループにいることが多いせいか、学生たちの食べっぷり、飲みっぷりのおおらかさに、感心して見とれてしまいました。大学で見かける姿とはまた違っていることに良い意味で少し驚いたのです。それでボーッとしてながめていました。すると、K教授から「大学以外で学生のようすを知ることは、とても大切なことなんですよ」と、今回の会合の意義についてコメントがありました。学生といっしょに飲んでいるだけじゃなかったんですね。カラオケにも行ったのですが、若い人は歌が上手でよく知っています。若い先生たちは学生といっしょに盛り上がることができるのですが、私は歌える歌が限られています。その割に学生たちも知っているようなので気を良くしていると、美声の持ち主S先生いわく「学生が合わせてくれたんじゃないですか」。さすがよくわかっていらっしゃる。プリクラも今ごろになって初めて撮りました。後日「これ、ほんとに先生ですか」と不思議そうに私の顔を見てT先生は「いやー、若い」と一言。確かに、写真の顔には紗がかかっていました。先生にもいろいろな顔があります。
学生のなかには「先生が参加してくれてほんとにうれしいです」とか、「教授もお酒とか飲むんですか」とか、カワイイことを言ってくる人もいます。そんなことはとても言いそうにない人が言うのです。翌日には忘れてしまうのかもしれませんが、その時、その瞬間は、ほんとうにそう思っているのだと思うことにしました。私は、若いころ家族や友人との関係でも、言うことと行うことが違っていると問い詰めていました。でも、最近は少なくとも気持ちだけはそのまま受け止めるようになりました。ことばどおりに行動が伴わないからといって、気持ちが嘘だとは思わないようにしようと思っています。
その帰りに亀岡駅から乗ったタクシーで、運転手さんと「若いひとは歌がうまいでしょう」というようなたわいない話をしていたら、阪神大震災に遭われたということがわかりました。ことばでは伝えられないたいへんな思いをして来られたようです。「まだ私は運がよかった。友人には無残な耐えがたい経験をした人がたくさんいる」というようなことを話されました。その運転手さんの顔は穏やかで、そんな経験をされたとは私には思いもよりませんでした。何事もないようなやさしそうな顔に見えても、つらい思いをかかえている人はいるとあらためて思いました。ほんとうの顔は何なんだろうと考えさせられました。
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