京都新聞 口丹随想(5)
小林和子(掲載日 1997.7.6.)
見出し:気分だけは永遠のチャレンジャー
大学構内で、グランド周辺を新しく造成し直して、新しい体育館やグランドを作る工事が進んでいます。大学に勤め始めたころ、グランドの向こうには薬草園もあると聞いていたので、時間のある時に行ってみようと思いつつ、行けないままに過ごしているうちに、体育館もグランドも一度も見ないうちになくなってしまったのです。十四年も勤めているのに、一度も行ったことがないことに、われながら驚いています。去年、山陰本線に鍼灸大学前駅ができるまでは、隣の日吉駅(以前は殿田といっていました)で乗り降りしていました。いつか周辺を散策しようと思っているうちに、一度もしないまま時期を逸してしまいました。十年以上も通いながら、知らないことが多いのであきれてしまいますが、マンネリにはならないので、いつか行ってみようといつまでも思えるのです。
車の免許は大学一年の時にとりましたから、あちこち見て回ればよいのかもしれませんが、車の運転に対してはいまだに初心者の気分です。免許とりたてのころは、車の世話がなかなかたいへんで、バッテリーが放電してエンジンがかからなくなることが、度々ありました。(今でも時々あります。)その度にJAFに電話して直してもらうのですが、それを何度も繰り返して、嫌になっていた頃のことです。夜帰る途中で、突然、車が動かなくなりました。こういう時に限って、いつもしたことのないことにチャレンジしてしまうのです。バッテリーのことが常に頭にあったので、暗いのに中を調べようとして開けたのですが、これがまちがいでした。中の溶液が目の縁に少しかかってしまったのです。すぐに顔を洗わなくてはたいへんだと思って、近くのお店に走り込んで、洗面所を貸してもらいました。いきなり、見知らぬ人間がとびこんで来たのですから、その店のご主人はたいへん驚かれ困惑されたと思います。しかし、その親切なご主人は、私の車を調べて下さいました。車のキーを回すとちゃんと回転音はするから、バッテリーは悪くない、ガソリンがないだけだと教えてもらったのです。
車についてのエピソードはこれ以外にいくつもありますので、車を運転するとまた何か起こるのではないかと緊張しますし、慣れることがありません。初心忘れるべからずといいますが、その必要はなく、いつも初心のままなのです。先を見通して危険を避ける危機管理ができる人は、トラブルが起こらないように準備をしたり、練習をするでしょうが、私の場合、車については経験の蓄積が生かされないので、常に初期化された状態です。同じ失敗を繰り返すのはバカと人には言っているのに、車については学習効果が認められないので情けない気がします。苦手ならいっそ諦めて、車に乗らないことにしたらよいのかもしれませんが、それも癪にさわるし、今度はうまくいくのではないかと思って、気分だけは、いつもチャレンジャーなのです。
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