本稿は全日本鍼灸学会雑誌第47巻3号 1997年 196〜204頁 に掲載されたものであり、全日本鍼灸学会編集部の許可を頂きました。
『研究委員会報告』
Medlineによる鍼の有害作用に関する調査報告の紹介
学術部研究委員会委員長 川喜田健司
新潟地方会 中村 行雄
はじめに
鍼の有害作用に関しては、全日本鍼灸学会の学術部でもいろいろと議論が進められており、また昨年(1996年)イタリアで開かれたWHOの会議でも一つのトピックスであった。その中で今回紹介する論文の一部にも言及されていたので、ここにその全文を翻訳して内容を紹介することにした。本稿は、Am. J. Acupuncture 誌、24巻27-34頁、1996年に発表されたローステッド博士の鍼の有害作用に関する報告を翻訳したものである。著者のローステッド博士は、デンマークのコペンハーゲン大学医学部で医師としてのトレーニングを受け、1980以来ヨーロッパ中で鍼を学んできた。皮膚疾患の鍼治療に関する数編の論文の著者であり、また現在は、鍼に関する研究と開業医師としての臨床、病院でのコンサルタント、イギリスのシェフィールド大学での鍼の講義を行っている。彼はデンマーク鍼学会と英国鍼医学会の役員である。
本稿は代表的な医学文献のデータベースであるMedlineの検索で見いだされた鍼の有害作用に関する論文を中心に選ばれた41編の内容を簡単に紹介したものである。15年間の調査結果としてはそれほど多い数ではないが、著者も指摘しているように基本的な解剖学の知識不足、鍼の滅菌や手指消毒などの衛生管理の不備などによる有害作用が大半を占めており、基本的な教育・トレーニングによって防ぐことができるものと思われる。その中に日本人による報告も10編含まれているのは少し気になるところであるが、これが現実であることを見据えて、今後の教育に役立てていただけたら幸いである。
B.肺関連の有害作用
H.その他
Palle Rosted博士
要旨:1980年から1995年までの期間に、鍼治療がもたらした有害作用として報告のあった症例の文献調査である。ここには軽微なものから、気胸、心タンポナーデ、細菌性心内膜炎、肝炎、脊髄損傷など、幾つかの重症例までが含まれている。これら入手可能な資料で見る限り、鍼治療のもたらす有害作用はきわめて稀であって、特に現行の薬物治療による犠牲者が年間何万人にも達するのに比べれば少ないことは明らかである。著者はこの調査結果が鍼が安全であることを示す十分な証拠になると考える。鍼治療の適応、不適応についても簡単に触れた。
施した治療が安全なものであったかどうかという問題は施術者にとってこの上なく重要な問題である。このことは特に鍼治療について言えることで、東洋においては古くから毎日膨大な数の治療がなされてきており、今日でもその数は世界的に増加しつつある。また、治療の対象とされる疾患も、過敏性腸症候群から偏頭痛、ストレス、皮膚疾患、疼痛対策などまで、さまざまである。
英国鍼医学会(British Medical Acupuncture Society)などの各種統計によれば、英国では1300人の医師が日常的に鍼を用い、医師ではないが鍼を用いている臨床家の数は、電話帳に掲載されているだけでも、3000人以上に達するだろうと言われている。国によって異なるが、例えばデンマーク、ドイツ、オーストリアならびにフランスでは内科医の10%が日常的に鍼を用いているとされている。
私が見たところ、患者たちの間には、薬はさまざまな有害作用を伴う、しばしばステロイド療法後に見られる副腎機能抑制のような重大な有害作用さえ伴うのに対して、鍼にはそれがないという共通の考え方があるようである。しかしながら鍼関連の有害作用の種類や発生頻度についてのきちんとした研究は、私の知る限りでは行われていないようである。したがって、この問題に関連する文献に過去にどのようなことが取り上げられているかを知る目的で、既に発表されている論文を対象に、以下のような調査を行った。
この調査はデンマークのコペンハーゲン大学医学図書館においてMedlineを使って、1980年から現在までに発表された論文をコンピュータ検索した資料に基づいたものである。全部で93論文がリストアップされたが、すべて英文であった。これらの中から内容が重複している、あるいは記述が不適切であったり疑問があるなどの理由で多くの論文を除外したが、前述の検索後に発表された5論文(英語、ノルウェー語、デンマーク語)を加えて、最終的に41論文について論ずることにする。
これらの論文に記載された有害作用は、年代順など、さまざまな基準による分類が可能だと思われるが、著者は表1に示すように分類した。
それぞれの論文の内容を簡単に紹介し、できるところではコメントをつけた。
表1 鍼治療のもたらす有害作用の分類
(略)
カテゴリー 有害作用
A.心臓関連 心内膜炎、心タンポナーデ
B.肺関連 気胸
C.感染関連 肝炎、軟骨膜炎、敗血症
D.神経関連 脊髄横断障害、脊髄感染、脊髄損傷、硬膜外血腫、大発作
E.血管関連 血栓性静脈炎、暈鍼、低血圧
F.皮膚関連 アレルギー性皮膚炎
G.異物関連 尿管の、手根管の
H.その他 他の疾患との干渉;デマンド型ペースメーカーに対する禁忌
A.心臓関連の有害作用
報告1:オーストラリアからの報告(1)で、慢性関節リウマチに対して鍼治療を受けた61才の女性を含む4例の弁膜性心内膜炎が記載されている。うち3名の患者が死亡しており、鍼治療の2日後に熱と症状が出たというこの女性が含まれている。積極的な治療にもかかわらず 入院11日後に死亡、その死に鍼との関連があったことが示唆されている。
報告2-4:ノルウェイと英国からの報告(2-4)で、心内膜炎が耳鍼の結果であったことが示唆されている。耳鍼は喫煙を止めるため、頭痛の治療のためなどさまざまな理由で行われていた。報告3では患者は弁膜症であることを知っており、18回の鍼治療を受けた後発症した。報告4では5日以内に耳に感染が見られた。いずれの症例においても患者は深刻な後遺症もなく回復した。
コメント:以上いずれの報告の著者も抗生物質投与による予防処置を勧めているが、私の意見としては発症素因を持たない患者にまで投与すべきではないと考える。使い捨ての鍼、あるいは適切に滅菌された鍼が使用され、かつアルコールで拭くなど通常の消毒手順が守られていれば鍼のリスクは現行の注射のリスクと同程度と思われる。感染性心内膜症の主な発症素因としては先天性欠陥、リウマチ性弁膜疾患などが挙げられるが、他にもリスクを高める要因としてIV薬乱用、僧帽弁逸脱、壁在血栓、動静脈瘻、心室中隔欠損、肥厚性大動脈弁下狭窄症、心臓の人工弁などがある。 有効性は証明されておらず、議論のあるところだが、多くの医師は弁膜その他に心内膜症の発症素因を持つ患者が口腔や歯に医療処置など(4a)を受けるときは後に菌血症や心内膜症になるおそれがあるので殺菌剤による予防処置をすることを勧めている。鍼関連の心内膜炎は少ないが、施術者はこのような可能性を考慮にいれて、適切な対策を取るべきである。もちろんそのような患者に、半永久的に鍼を留置することは禁忌である。1週間、あるいはそれ以上の鍼の留置は感染や致命的な敗血症をもたらす可能性がある。
報告5:日本からのもの(5)で、治療中の折鍼が放置され、その後何年か経ってから心タンポナーデ、および血胸が起きたという52才の男性の症例である。
コメント:この報告は鍼が体内を移動し致命的な結果をもたらす可能性があることを強調している。折鍼した疑いが少しでもあるときは、患者を外科医に見せ、鍼の断片を摘出すべきである。鍼は使用前に点検し、ささくれや腐食、小さな亀裂、曲がり、鍼尖の鈍磨や腐食、鍼柄の破損などが見られるときは廃棄すべきである。また、電気分解によって鍼尖に微細な穴があくので、鍼通電に使った鍼の再使用に当っては細心の注意が必要である。
報告6:ノルウェーからの報告(6)で、任脈のダン中(CV-17)に鍼を刺入したら重篤な心タンポナーデを起こしたという40才の女性の症例である。その女性には変則的な先天性胸骨孔があり、鍼はその孔を貫通していた。
コメント: 同報告によれば男性の9.6%、女性の4.3%に先天性の孔が見つかったという。著者は、特に胸骨部はよく使われるツボがある領域なので、このようなことが起きる可能性を知った上で、鍼の刺入による重大な傷害事故を避けることが大切だと結論している。完全な解剖学的知識、さらに変異や異常が存在する可能性に対する知識が必要なことを示すよい症例である。
報告7,8:米国のワシントン(7)とインド(8)からの報告で、患者自らが刺入した鍼による心タンポナーデの2症例である。患者は命に別状はなかったというが、どのツボが使われたのかは明らかにされていない。
B.肺関連の有害作用
私の調査によれば、最も頻繁に起きる鍼による重大な有害作用が気胸である。
報告9:米国のカリフォルニア(9)からのもので、喘息を鍼治療している間に胸痛と呼吸困難が起きた31才の女性についての症例である。これらの症状が現れたにもかかわらず治療院は患者を帰宅させた。その後のX線検査で両側の気胸が明らかになり、適切な処置が行われた。
報告10-12:4例の気胸の症例で、ノルウェー、イスラエル、米国のカリフォルニアからの報告である。患者はそれぞれ 63, 73, 25, 80才で頚部痛、喘息、頚部痛、衰弱に対して鍼治療を受けた(10-12)。その後適切な処置が行われて、全員命に別状はなかった。
報告13:帯状ヘルペスに対して鍼治療を受けた66才の男性に起きた気胸で、米国のカリフォルニアからの報告(13)である。長さ5cmの鍼が胸郭部に刺入され、そのまま20分間置鍼された。抜鍼直後に疼痛と呼吸困難が起きたにもかかわらず、患者は3日後になって入院した。重大な後遺症もなく回復した。
コメント: これらの症例では患者が鍼治療の間に、あるいは初めから、典型的な気胸の徴候を示した。それにもかかわらず、報告9および13の場合は施術者によって適切な処置が取られなかったのである。さらに報告13の例では、胸郭部に長さ5cmもの鍼が使用されていたが、私には明らかに解剖学的な知識が欠如していたとしか思えない。
C.感染関連の有害作用
報告14:エルサレムからのこの報告(14)によれば、鍼治療を受けた後10名の患者の間にB型肝炎の発症があったという。追跡の結果感染源は手術を受けたことのある1人のHBs抗原陽性患者であることが判明した。この患者の手術中に看護婦の1人がメスで怪我をしたが、この看護婦はその後で鍼治療を受けたのである。使用済みの鍼と未使用の鍼とを適切に分離しておかなかったために、これらの鍼の間で汚染が起きていたことが後の調査で明らかにされた。
報告15:米国のマイアミからのもの(15)で、鍼治療を受けた7週間後に非A非B肝炎で死亡した49才の女性の症例である。著者は”他に原因が見あたらないので、多分鍼がこの患者の感染源であろう。”と結論を下している。報告16は米国のロードアイランドからの報告(16)で、もう一つの鍼関連の肝炎の症例について述べている。
コメント: これらの報告は鍼による肝炎の伝播について論じている。報告16の例では、鍼の滅菌が不適切であったことが示され、報告15では施術者が怠慢で無菌処理がなされていなかった。このように鍼が適切に扱われるのでなければ、使い捨ての鍼を使用しようと、再使用可能な鍼を使おうと何らの違いも生じるものではない。したがって、再使用可能な鍼の場合は使用済みの鍼から未使用の鍼を隔離しておくように、またオートクレーブあるいは乾熱滅菌器を正しく使うように十分注意すべきである。
報告17:英国からのもの(17)で、長期に耳鍼を使用したために耳の軟骨に骨膜炎を起こした例が3例述べられている。患者たちは抗生物質による治療を受け、後遺症は報告されていない。報告18-20は英国(18)、米国のシカゴ(19)、イタリア(20)から、それぞれ耳鍼による軟骨膜炎が報告されている。
コメント:リスクの高い患者へ長期間留置する耳鍼の使用は、特に報告18の例のような糖尿病の患者、あるいは免疫抑制療法を受けている患者に対しては禁忌である。注意深い病歴の聴取や面接を通して、これらリスクの高い患者を見分けることが大切であることはもっと強調されてもよい。
報告21:米国のロードアイランドから致命的な敗血症が2例報告(21)されている。患者(女性、58才と57才)は二人とも慢性関節リウマチを患い、膝に鍼治療をうけていた。最初の患者は金とステロイド剤による治療を受けた病歴があった。膝周辺(ツボは特定されていない)の鍼治療を受けた後、患者はその部位の発熱と腫脹を経験した。膝と血液からの培養結果は黄色ブドウ球菌陽性であった。集中治療をしたにもかかわらず、患者は入院2週間後に死亡した。2番目の患者にはステロイド治療の病歴はない。鍼治療を受けた後、患者は発熱し手に膿瘍ができた。その後彼女も死亡した。著者は”鍼が原因の敗血症であることは明らかである。”と言っている。
コメント:これらの症例を検討した私の意見は、敗血症は汚染された鍼から伝播された感染によるか、あるいは皮膚の消毒が不十分であったかのいずれかである。無菌的処置が行われるならば、前述のような疾患をもった患者に鍼をしても全く危険はないはずである。
D.神経関連の有害作用
報告22:日本からの報告(22)で、頚部に鍼治療を受けた後、脊髄横断障害を起こした54才の男性の症例である。症状は鍼治療の2週間後に現れた、発熱、構音障害、排尿困難などであったが、最終的には四肢麻痺と敗血症になった。MRI検査でC2-C7の領域に浮腫が見られた。患者は回復した。
報告23:アイルランドからの報告(23)で、腰痛に対する鍼治療を受けた22才の男性が腰部に脊髄感染を起こしたという症例である。患者は鍼治療中に突然坐骨部に激痛を感じたが、その2,3日後に懸垂足症状が出た。患者はうまく回復した。
コメント:報告22、および23は鍼治療後の脊椎管感染の報告である。報告22では黄色ブドウ球菌が検出されている。適切な無菌処置がなされていなかったに違いない。報告23では懸垂足という神経症状ばかりでなく、感染を引き起こすなど、技術が耐え難いほど拙劣であったことは明らかである。鍼の刺入で神経根を損傷した上に、無菌操作が不十分であったために感染までも引き起こしたと思われる。
報告24 日本からの報告(24)で、局所の痛みを治療するために頚から肩にかけて30本もの鍼の埋没鍼を受け、頚髄の損傷が起きたという48才の女性の症例である。治療の翌日、眼瞼下垂と左肢の知覚障害が起きた。CTスキャンによって、鍼の1本(長さ約2cm)が頚髄髄質を前外方から貫通し、脊髄視床路を損傷していることが明らかになった。眼瞼下垂は治ったが、知覚障害が残った。
コメント:埋没鍼は東洋で行われる鍼の技法の一つである。私自身この技法を見たことがなく、西洋ではほとんど問題にならないと思っている。私の意見では、埋没鍼はいかなる理由であっても用いるべきではない。
報告25:頚部痛、ストレス、不安感に対して鍼治療を受けた65才の女性が硬膜外血腫を起こしたという報告(25)である。治療後10日が経ってから頭痛、嘔吐、頚部硬直が起きた。MRIスキャンによって硬膜外血腫であることが分かった。後遺症もなく患者は回復した。
コメント: この硬膜外血腫の原因は深く鍼を刺入し過ぎたことである。正しい解剖学的知識の必要性を再び強調しておきたい。
報告26:肩痛に対して鍼治療を受けた25才の男性がてんかんの大発作を起こしたという報告(26)である。患者にはそれまで発作の病歴はなかった。
コメント: 他の医療処置の間、例えばサンプルの採血中などにも、発作が起きることはよく知られている。報告26の著者は、初回は特に患者を仰臥位で治療すること、神経質な患者の場合は鍼を刺激することは避けるよう勧めている。治療中患者から目を離すべきでない。患者が蒼白になり、汗をかくなどしたときには治療を終わりにすべきである。
E.血管関連の有害作用
報告27:英国からの報告(27)で、鍼治療を受けた後に重い血栓性静脈炎になったという64才の女性の症例である。患者には それまでにこの疾患についての病歴もなければ、素質もなかった。症状は鍼治療の48時間後にふくらはぎに現れた(ツボは特定されていない)。診断は静脈造影によって確認されている。後遺症もなく回復した。
コメント:血栓性静脈炎は鍼の有害作用としては非常に稀である。理論的には血管の内皮に対する損傷は 静脈に血栓を生じる要因の一つなので、鍼の刺入が血栓性静脈炎の原因になることはありうるであろうが、私の意見では、実際上関連があるとは思えない。
報告28:インドの40才の男性が督脈上のツボである百会に鍼をされる度に、冷や汗、嘔吐、意識喪失が起きるという報告(28)である。
コメント:私の経験では、頭頂にある百会に鍼をしても、患者が気を失うようなことは滅多に起きない。私は百会をよく使うが、いかなる有害作用も見たことはない。しかし、高齢の患者でこのツボに鍼をするときには私も注意を払う。
報告29:ナイジェリアからの報告(29)で、23才の女性の鍼治療に続発する低血圧症の報告である。胆経のツボ風池に鍼を刺入した10分後に、治療前120/70mmHgあった患者の血圧が70/測定不能mmHgに下がった。仰臥位をとらせたが血圧は改善しなかったため、ブドウ糖2x500mlを輸液して観察のため一晩入院させた。
コメント: 低血圧は鍼治療中に起きる可能性があるが、普通は仰臥位をとらせると数分で正常にもどるものである。この症例では、伝統的に高血圧症の治療に用いられてきた風池の効果が極端に強く出たものである。風池は頭痛、熱性疾患、風邪、蕁麻疹、片麻痺、不眠症、頚や肩の痛みやこりなど多くの症状に効くツボであるが、余りにも深く刺入して延髄を刺さないように十分気を付けなければならない。
F.皮膚関連の有害作用
報告30:日本からの報告(30)で、60才の女性が銀、銅、亜鉛を含んだ鍼で治療を受け、頚および腰に皮膚炎を起こした症例である。報告31-36は日本、スペイン、ニューヨーク、デンマークからのもので、同じく皮膚炎の症例(31-36)である。
コメント: 私は開業以来15年間に、一例だけ鍼に対するアレルギー反応に出会った。耳にピアスをしている患者の数の多さに比べれば、問題は実際的というよりも学問的なものに思われる。もちろん患者にクロムやニッケルに対するアレルギーがあることが分かっている場合には、長期間の鍼の留置は勧められない。
G.異物関連の有害作用
報告37:日本からの報告(37)で、17才の少女が尿管内に異物がある疑いで入院した。少女はその5年前に腰痛で鍼治療を受けていた。X線検査で左の尿管に影が見られた。尿管結石摘出術が行われ、”鍼を伴った結石”が摘出された。
報告38:英国からの報告(38)で、手根管内で鍼が折れ、正中神経に末梢神経障害がみられたという。その77才の女性患者は10年前に鍼治療を受けたのだが、7年後になって初めて症状が現れた。外科的に鍼が除去された。
報告39:日本からの報告(39)で、鍼治療後に脊椎および神経根に損傷が見られた3症例が記載されている。最初の例は、腰痛の鍼治療を受けた50才の女性である。彼女は鍼治療中に腰部の痛みが肢の方へ放散するのに気がついた。後で脊髄造影をしたところ、鍼がS1の神経根の中に留まっていることが分かった。鍼の摘出後、すべての症状は消失した。2つめの例は、頚部に鍼治療を受けた後、右側の腕と肢に力がはいらなくなった18才の男性である。X線検査で鍼が第1頚椎と第2頚椎の間で脊柱管を貫通していることが明らかになった。その鍼は容易に抜去され、徐々に神経症状も消失した。3つめの例は、9年前に鍼治療を受けた35才の女性で、治療の4ヶ月後に左手の指にしびれを感ずるようになった。X線検査の結果、鍼がC5とC6 の間に留まっていることが分かった。この報告によれば、患者はこの症状に対して何も治療を受けなかったという。
コメント:折鍼事故はまれだと思われるが、前述したように、その疑いがある時は直ちに検査を受けさせるべきである。
H.その他の有害作用
報告40:このデンマークからの報告(40)は、アトピー性皮膚炎の鍼治療を受けた22才の女性の症例。彼女は枯草熱と喘息の病歴があった。毎回治療の1時間後に喘息発作が出た。4回目の治療の後ではテオフィリンとステロイドの注射が必要であった。鍼治療はその時点で打ち切られたのだが、皮膚の状態は改善した。
コメント:他の症状が悪化するという現象は多分多くはないと思われる。しかし、そのような症例の場合は細心の注意をもって監視をし、患者の病歴や徴候、症状、さらには治療計画を徹底的に再吟味することが欠かせない。少しでも兆しがあれば、治療は終わりにすべきである。
報告41:日本からの報告(41)で、41才の女性について、手術中の麻酔に用いられる低周波鍼通電がデマンド型ペースメーカーにおよぼす影響を調べている。鍼通電中の電圧上昇によって生ずる電磁波の干渉のためにペースメーカの働きが完全に抑えられることが明らかにされている。
コメント:電気刺激がデマンド型ペースメーカーに影響を及ぼすことがはっきりしたので、ペースメーカーを装着している患者に鍼通電は禁忌である。
結論
この調査から明らかなように、鍼に関係する有害作用の多くは、十分な解剖学的知識の不足、あるいは適切な無菌処置のミスといった、教育や個人の注意によって改善されるような欠陥に由来するものである。
世界中で毎日的に何千という鍼治療が行われていることを考えれば、報告される有害作用の数は非常に少ない。このことは現行の薬物治療の結果として毎年発表される多くの有害作用や死者の数と比較したときに大きな意味を持ってくる。The Merck Manualによれば”有害な薬の作用(ADR:adverse drug reaction)の発生率には大きな幅があり、約1から30%である。薬の有害作用による入院は全入院患者の3から7%を占めることが明らかにされている。死亡率は不明であるが;医療患者の0.5から0.9%という割合であることが示唆されている・・”(42)。他の資料に基づくもっと低い率を適用したとしても、失われる命の数は大変なものである。計算によれば、”この0.44%という割合は年間にして約130,000人、あるいは毎日ほぼ356人の死亡者があることを意味していることになる”(43)。しかも、この数字には外傷や手術による死亡は含まれていないのである。
したがって、入手できる臨床データを根拠にするならば、現行の薬物療法や外科的療法に比べれば、鍼治療は大変安全であると言える。
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注)参考文献中に2・3不明な点がありますが、分かり次第後程訂正します。
おわりに
今回の原稿をまとめるにあたり、再度Medlineを用いた検索を1997年8月19日に行った。鍼(acupuncture)と有害作用(Adverse effects)の両検索語を含む論文を年代制限なしに検索したところ186編が見つかった。著者らは1980年より1995年までの文献を主に検討しているが、今回調べた結果では1980年以前にも鍼の有害作用について73編の論文が見いだされており、その中の23編が鍼の併発症について記載している。原論文にあたっていないので詳細は不明であるが、その中で目立つのは肝炎をはじめとする感染症が7件、気胸が6件、異物の混入が3件の順となっている。このような結果は、1980年以前とそれ以後の鍼の有害作用に大きな違いは無いように思われた。
しかし忘れてならないことは、ここで紹介されている論文は、Medlineという医学情報検索用の2次資料に掲載された、すでに選び抜かれた資料の検索によって見つかったものが中心になっている点である。鍼の有害作用については、そのようなきちんとした論文の形で報告されてない症例が実際にはもっと多くあることは疑う余地はないであろう。著者は薬による有害作用の深刻さとその数の多さに比べて鍼の報告の少ないことから鍼の安全性を主張している。確かに多くの鍼の有害作用は死に至ることはまれであるにせよ、鍼の安全性には十分に注意を払って治療することが必要であること、そのためには適切な教育と訓練が必要であることを重ねて強調しておきたい。