研究報告

臨床柔道整復学ユニット
松本和久 准教授
附属病院 理学療法士長
崩れたフォームを理想の状態へ
取り戻すことができるのは
反復練習だけか?
結果が芳しくないスポーツ選手。その理由の多くは「フォームの崩れ」とされ、理想のフォームを取り戻すまで、反復練習を繰り返すことが多々あります。その指導の是非はさておき、柔道整復師であると同時に理学療法士でもある私は、この「フォームの崩れ」を誘因する「未病」に着目せざるをえないのです。
「未病」とは、痛み等の自覚症状はないものの、疾患を引き起こすであろう状態のこと。痛みを伴う故障がないのに調子が悪いスポーツ選手の多くは、この「未病」の状態にあると思われます。では、痛みを伴わない「未病」は、どのようにして発見すればいいのでしょうか。フォームの崩れに限らず、身体能力そのものを低下させる「未病」の早期発見は、アスリートのニーズそのものです。
スポーツ傷害における未病、その多くは「筋肉バランスの崩れ」によるものです。この状態にある選手の動きを克明に観察すると、疾走時における足の回転が左右で微妙にちがっていたりするのでわかります。
42歳で自己ベストを更新した
競輪選手への伸張手技
私の研究事例には、次のようなものがあります。それは42歳という、プロフェッショナルアスリートとしては“かなり”高齢な競輪選手のケース。彼も痛みを伴う故障は自覚しておらず、調子の悪さを加齢による身体能力の衰えと考え、日々“過酷な筋トレ”に取り組んでいました。しかし、結果は上向きません。そのような彼へ、私が最初に行ったのは「3次元動作解析装置」、いわゆるモーションキャプチャーシステムによるフォームの分析。これにより、ペダルを踏んで自転車に最大限のパワーを伝える瞬間の位置が、彼の場合は左右で異なっていることが判明しました。その原因は、脚部筋肉の外側と内側の緊張具合が、左右で大きく違っていたからです(これは触診で判明)。
そもそも、人間は左右同じ動きなど、できるものではありません。にも関わらず“過酷な筋トレ”を繰り返すことは、その「ズレを助長させるだけ」に至ってしまうこともあるのです。私が次に行った彼への対処は大腿二頭筋への「伸張手技」。これは、やや乱暴に言うと「筋肉を手で掴んで伸ばす」というストレッチの一種。これを繰り返すことで(筋トレは中止させ)左右の脚部筋肉の外側と内側の緊張具合を同じにしていったのです。
結果、彼は42歳で自己ベストを更新。これは少なからず競輪界のニュースとなりました。もちろん、あらゆるフォーム矯正や身体能力の向上が、筋肉バランスの調整で行えるものではありません。但し、ある程度の年齢となった以降は、筋肉を鍛えて強くすることよりも、弛めて“しなやか”に保つことのほうが効果的であることは事実。その論証については、本学の様々な研究が明らかにしつつあります。
この42歳というプロフェッショナルアスリートとしては高齢な競輪選手が自己ベストを更新した事例は、そのデータ解析や施術方法に至るまでレポートされており、その経緯は保健医療学部と柔整短大、双方の講義を通して学生にもフィードバックされている(写真はその模様)。