研究報告

樋口敏宏 教授脳神経外科学ユニット
樋口敏宏 教授


樋口教授は本学附属病院で外来診療も行う脳神経外科医。現代医学のドクターが鍼灸治療の科学的解明という研究をリードするのも明治国際医療大学ならでは。

鍼灸が「なぜ効くのか」を
MRIによって明らかに

皆さんも「鍼灸は何々によく効く」という話しはよく聞くことでしょう。しかし「なぜ効くのか」という観点の話題にふれることは少ないと思います。しかし、この「なぜ効くのか」を考えることは「科学的根拠にもとづく医療」という意味で用いられるEBM(Evidence BasedMedicine)を確立するために必要不可欠であり、現代医療の現場において最も重要視されているテーマのひとつなのです。東西医学の統合治療を提唱する本学では、当然ながらこの考え方を大切にしており、鍼灸治療が「なぜ効くのか」を科学的に解明するべく、私をはじめとする教員たちが研究に取り組んでいます。脳神経外科医でもある私の研究は「鍼灸刺激によって脳がどのような反応を示すか」です。これには、本学附属病院が国内有数の早さで導入したMRI(磁気共鳴コンピュータ断層撮影装置)が「なければできない」といっても過言ではないほど、大いに役立っています。
研究のベースとなるデータ収集の方法は、鍼を身体いずれかの経穴に打ち、その時の脳をMRIで“輪切り状態”で撮影していくというもの。その反応は脳幹に近い二次感覚野(センサリーフィールド)に多くあらわれており、これによって「経穴への刺激とは、実は脳への刺激である」という、鍼治療の基礎領域が科学的に立証されつつあります。また、経穴によっては痛みのコントロールに関連するといわれている視床下部が反応していることも明らかになりました。

痛みを緩和する脳内モルヒネは
鍼灸刺激で分泌させることが可能

視床下部には自律神経の高次中枢が存在しており、その刺激反応のひとつに「脳内モルヒネ」と称されるエンドルフィン等の分泌があります。皆さんもケガをしたスポーツ選手が「試合中は痛みを感じなかった」とコメントしている姿を見知っていると思うのですが、あれは興奮や集中によって、この脳内モルヒネが多量に分泌されていたからです。これはすなわち「痛みを緩和する脳内モルヒネを鍼灸によって分泌させることが可能である」ということを示すもの。その発展が「鍼灸によるペインクリニックのEBM」となり、末期ガン患者のQOL(Quality of Life)向上をはじめ、外科の手術後や歯科の抜歯後の痛み緩和に、鍼灸が用いられるようになりつつあります。
これには「鎮痛剤等の投薬量を減少させることができる」という側面があり、私たちが鍼灸による疼痛緩和の技術をさらに高度化、科学的根拠を追求していく意味は大きいと思います。誰だって「できれば薬は飲みたくない」ですから。私も学会で発表する論文の作成に追われて眠ることが許されない夜、頭痛に悩まされる時などは鎮痛剤の服用を避け、鍼灸師の方に鍼を打ってもらいますからね(笑)。

研究の様子X線を用いないMRIは脳の検査に有効な機器。鍼灸の刺激が脳内血流にどのような変化を与えるかをはじめ、鍼灸治療の効果を科学的に解明することに役立っている。オペレーションテーブルのモニターに映されているのは脳内状況のデジタル画像。撮影条件によっては、鍼灸刺激によって変化する血液の流れる様子が克明に捉えられる(写真は研究時のものではありません)。
研究の様子経穴を鍼刺激した脳(ヒト)の活動/MRIを使った脳機能磁気共鳴画像(functional MRI)では、鍼灸が中枢神経に与える効果を安全に測定することができます。痛みや感覚刺激に関連する領域が活動している様子がわかります。


研究の様子感覚刺激を行った脳(ラット)の活動/より詳細な脳活動を調べるために、ラットを使用した動物実験も行われています。マンガン造影MRIを使用すると神経活動を100ミクロンという分解能で撮影でき、脳の詳細な機能や連携を調べることができます。