研究報告

臨床鍼灸学ユニット
福田文彦 准教授
動物実験で
鍼灸刺激のストレス緩和
現代病といわれるもので「ストレス」を起因とするものは少なくありません。社会がニーズとする予防医学の観点では、このストレスをいかに処理するか、あるいはストレスに対して強い体質をいかにつくるか、これらが大きなテーマとなっています。鍼灸師でもある私は「ストレスの緩和と鍼灸治療」をテーマに、基礎と臨床の両面から研究に取り組んでいます。基礎研究では動物実験を行っています。特に快感(誉められた後や空腹感が充たされた後の感覚)を生じさせる脳の部位(脳報酬系)を中心に、ストレスの緩和と鍼灸刺激の関係を研究しています。ラットにストレスを与えながら鍼灸刺激を行い、脳報酬系のドーパミンやセロトニン等の神経伝達物質*の変化を測定しています。今までに、鍼通電刺激(鍼に低周波の電気を流す治療法)はストレスによって変化した神経伝達物質を正常化させることで、ストレス緩和を図っている可能性があることを明らかにしています。
附属病院の内科や神経科と連携しての鍼灸治療
臨床研究では本学附属病院の内科や神経科と連携し、ストレスによって発症する「うつ状態」や「神経症」、身体的にも精神的にも大きな苦痛(ストレス)を伴うがん患者さまなどに対する鍼灸治療の可能性を研究しています。もちろん、鍼灸治療を加えることについては、動物実験のデータ説明やこれまでの臨床例解説をはじめとする「丁寧なインフォームドコンセント」を行います。抗うつ薬や抗不安薬(精神安定剤)を併用するケースもあり、「鍼灸単独でストレスが緩和された」と言えるものではありませんが、治療後に温和な笑顔を取り戻される方が多いのは事実です。
しかし、そこには異なる側面もあるのです。というのは、先に述べた丁寧なインフォームドコンセントを含むコミュニケーションによって患者さまと私との間には信頼関係が構築されており、約1時間に及ぶ施術の間には、さらなるコミュニケーションが続きます。しかも、それは鍼灸師による“もうひとつの技”である、肌にふれながらのタッチコミュニケーションです。そのような、コミュニケーションを含めた鍼灸治療のリラックス効果は高く、治療後の笑顔が鍼灸によるものなのか、それともコミュニケーションによるものなのか、判断しかねる状況に多々、出会ってしまうのです(笑)。
また、仕事で得る達成感をはじめ、スポーツやカラオケ、ショッピングや適度な飲酒等々、ストレスを緩和させる対処行動は人それぞれです。しかし、それらはすべて「健康であってこそ」できる対処行動です。強い(あるいは慢性の)ストレスに見舞われた場合、多くの人は体調を崩します。逆に過度の身体疲労はストレスを生じ、精神のバランスを崩します。どちらにしても、どのような対処行動であっても、人はそれを行うことはできません。これらのことを含め、私は「鍼灸治療によるストレスの緩和」をストレス対処行動の代替であると考えています。臨床においては「ストレスの緩和」ということに傾倒せず、「体調を良くするための治療」という鍼灸の原点を大切にしたいと思っています。体調が良くなれば仕事も積極的にできるし、スポーツも楽しめるし……飲みにも行けますしね(笑)。
コミュニケーションを鍼灸師による“もうひとつの技”と考える福田准教授。そのテクニックはカウンセラーやセラピストとも共通するもの。鍼灸治療においてもインフォームドコンセントが重要であると提唱する本学は「医療面接」をカリキュラム化(鍼灸学部と保健医療学部で実施)しており、福田准教授はその指導にもあたる。