1.ポルトガルにおける鍼麻酔
前立腺癌手術における鍼麻酔を行うため、本学の谷口剛志、木村啓作先生が土屋先生の助手としてサンルイス病院へ出向した。サンルイス病院の院長であるDr. Piscoは、APAEの理事を務められ、鍼治療についての造詣が深く土屋先生と長年の親交をお持ちである。また、前立腺癌や前立腺肥大症に伴う前立腺動脈塞栓形成、子宮筋腫に伴う子宮動脈塞栓形成の第一人者であり、本病院の麻酔科局長でもある土屋先生とともに塞栓術中の鍼麻酔の効果について長年研究されている。サンルイス病院において、鍼麻酔下での手術は80症例を超え、術中に薬物を投与することなく手術を成功させている。

2.The prostatic artery embolization(PAE:前立腺動脈塞栓形成)
PAEは、前立腺への血流減少により前立腺を縮小させる治療法である。大腿動脈から注射鍼を刺入し、ガイドワイヤー、カテーテルを動脈内に設置する。その後、X線下で造影剤をカテーテルに注入することで前立腺への栄養動脈を特定し、数千のμ粒子を液体とともに栄養動脈へ注入することで前立腺への栄養供給を止める。その結果、前立腺が縮小するというものであり、子宮筋腫の塞栓形成に関しても同様の手法が用いられる。癌の場合においては、栄養供給を止めるとともに、抗癌剤が投与される。通常、塞栓形成に関し、麻酔には静注による鎮痛剤と大腿動脈への局麻が行われるが、土屋先生は左右の足三里、三陰交の近傍(計4部位)への鍼通電刺激を、手術前の30分と手術開始から終了まで継続して行う。
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3.鍼麻酔による本症例の経過について
67歳の男性であり、Dr. Piscoから土屋先生へ既往疾患により麻酔薬が使用出来ないとの申し出があり、Clinica Tsuchiyaへ本人を来院させ、手術予定日2週間前より鍼麻酔の効果の有無(鍼通電中に鼠径部を注射鍼を挿入)について検討した。その結果、鍼麻酔の効果を有した。手術当日、術前30分より左右の足三里、三陰交の近傍へ鍼通電刺激を行い、鼠径部に注射鍼を挿入し、本人に痛みがないこと、血圧(156/80 mmHg)および酸素モニターが正常であることを確認し、Dr. Piscoを含む4人の医師と2人の看護師のもと手術が行われた。術中も鍼麻酔を継続し、順調に塞栓形成術が行われていた。しかし、手術開始1時間20分頃より患者が腹痛を訴え、血圧(188/102 mmHg)も20 mmHg以上上昇していたため、通電頻度および刺激量を変更した。その結果、患者の痛みは消失し、血圧(165/97 mmHg)も下降した。手術開始から1時間40分で手術が終了した。血圧(153/92 mmHg)も安定し、患者は笑顔で病室へ向かって行った。
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4.所感
鍼麻酔下での手術に助手として参加した。現在、日本において鍼麻酔はあまり行われていないが、今回、鍼麻酔による効果を実感し、麻酔(痛み)に対し鍼刺激は有益な方法の一つであると再認識出来た。スポーツ傷害でも選手の「痛み」を最初にまず取り除くことが重要であることから、今回得られた経験は今後の糧となるものと感じた。
さらに、手術中に患者が痛みを訴え血圧が上昇した時は、スタッフに緊張感が漂っていたが、土屋先生が患者およびスタッフに冷静かつ適切に対応し、無事に手術を終えていたことが印象的であった。どの部位をどのように刺激するのかといった鍼麻酔の技術はもちろんであるが、患者との信頼関係や周囲のスタッフとの連携を築く必要性を改めて感じた1日であった。後日、退院した患者がClinica Tsuchiyaを訪れ、我々に対して無事に手術が成功し、感謝を述べられたことも感慨深いものであった。

5.土屋先生(サンルイス病院麻酔科長・Clinica Tsuchiya院長)によるコメン
prtogal04鍼麻酔の効果を高めるには患者の恐怖心を取り除く必要がある。そのため、思考や創造性を司る前頭前野と記憶を司る海馬への影響が重要であると考えている。これまでの経験上、それらの領域へ影響を与える天柱、風池、頷厭、足三里、三陰交への鍼通電刺激を手術前2週間から頻回に1時間30分程度行うことで、鍼麻酔が得られると確信している。さらに、医療面接や治療を行う際、患者が抱くバイアスを会話の中から取り除くことでラポールも形成する必要がある。今後、世界的に鍼麻酔が普及することを望んでおり、日本の鍼灸業界を常にリードする明治国際医療大学にその一端を担って頂くことを期待している。

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